131.「見える世界」と「見えない世界」で構築されているのが「この世」。

この世は、目に見えるもの(可視)と目に見えないもの(不可視)で成り立っている。

但し、目に見えないものを否定される向きの方はスル-されるのがよろしい。

だが、この目に見える、見えないは人間の肉眼での可視能力を基準にしているのであるから、「肉眼で見えないものが見える」特別な能力を持つ者以外の大多数の人間は「肉眼で見えるもの」は実在し、「肉眼で見えないもの」は空想、幻想の類で実在しないものとして捉えている者が大多数であるのが現実であろうと思われる。

そもそも、私自身は霊視などの霊感能力とは全く無縁の人間である故、もしも「目に見えないものを見る能力のない者が、見えない世界を肯定する根拠は何か」などと突っ込まれれば、万人が納得できる根拠を示すだけの説得力は持ち合わせていない。

「見えないものを肯定する」というだけで、オカルト的と蔑視されたり変人扱いされたりする風潮は、今も根強い傾向がある。。
つまり、「見えないものを肯定する」という者はマイノリティであることに相違ないのであろう。

私自身は霊感の強い母親の影響で、幼少期から「肉眼」では捉えられないものが存在し、先に起こる事象が見えない世界から事前にメッセ-ジで知らされた…といったことは、日常的に時々母を通じて遭遇していた。
そんな環境でもあったためか自分自身には霊感がなくても、「見えないもの」の存在は特別なことでも何でもなく、「見えるもの」と「見えないもの」が共存して成り立っていることは、一般の方々よりも当たり前の感覚で育ってきたように思われる。

「肉眼では見えなくても、目を瞑れば見えるもの」…、例えば夢もその一つであるが、特別な能力が備わっていなくても肉眼以外でモノや動画的なモノを見る能力は誰にでもある。

「肉眼で見えるもの」は物理的であり、三次元的であるのに対し、「肉眼では見えないが肉眼以外で見えるもの」は精神的であり、高次元的であるともいえるが双方は対極にあると共に、一方だけでは成り立たないと考えるのが今日では常識である。

「目に見えないもの」を否定する人たちがそれを肯定したことがないわけではない。それは「科学で存在を立証した場合」に限っては肯定してきたのである。

しかし、以前もこのブログで紹介した通り、歴史的に著名な科学者を含め、科学の最先端を行く科学者になればなるほど「神なる存在」つまり、人智を超えた不可視の存在を肯定しないわけにはいかないと9割以上の学者が考えているというのが厳然たる事実である。

今回はこのあたりにとどめることにするが、日本では生まれながらにして「お天道様が見ている」と教育され、道にそむいた行いをすれば「天罰が下る」としつけられてきた。

現在、地球上では様々な異変が起こっている。
いつしか人類は、人智万能という過信によって、宇宙の摂理を軽視してきたがそのツケが回ってきているのが現在の地球と人間社会の姿である。

天罰とは、天の摂理に逆らった時に起こる現象である。
人間の欲得を限りなく追及した象徴であるモノカネは、天意と逆行する方向へ導き、とうとう限界点に達したのである。

今、世界各地でみられる価値観の崩壊現象は、天意に背いた結果による天罰であるが、その欲得から脱皮しない限り自己崩壊するのは自然の法則である。

次回以降は少しずつ現実的に掘り下げてみたい。

最後に「見えない世界」からのメッセ-ジをご紹介してこの稿を終わる。


光文書(ヒカリモンジョ)  Vol.527
西暦六百六十三年と二千十六年

この国は、西暦六百六十三年に、白村江の戦いで敗れ、それが決定的な転換点となって、古事記や日本書紀が記されたことは、これまでも何度もお伝えしてきた通りです。


この白村江の記憶を、現在も伝え続けているのが、安曇野の穂高神社なのですが、そこには、白村江の戦いで死んだとされる安曇比羅夫がまつられて、白村江の海戦を伝えるとされる船祭りが、いまも九月二十七日に行われています。

この神社の奥宮は、上高地の明神池のところにあり、もともと九州の海人族であったとされる安曇族が、北アルプスの穂高連峰を神々の座として守ってきた、この国の秘密の扉が、この二千十六年の十二月に開かれることになりました。


一千九百四十五年の対米敗戦は、この国の歴史上最大の敗北ではありましたが、明治維新の日本が信じた西欧近代の国際法による戦争終結のルールが適用されなかった結果が、今日の日本の姿を生んでいます。


その第二次世界大戦というものから生まれた戦勝国側のルールで、世界を統治しようとする国際機関が、現在の国連なのであり、日本は敵国条項の対象であり続けています。


ただし、歴史は動き、ソ連邦が崩壊したあとに生まれた、アメリカの一極支配の構造も、EUの台頭と中国の成長によって過去のものになりつつあります。

このタイミングで、一般のアメリカ人の持つモンロー主義的な傾向によって選ばれた大統領が登場するのも、歴史の必然だと考えれば、これからの世界がどう動くかもおぼろげながら見えてきます。


天の配剤としてあった、神の国としてのアメリカというイメージが復活することは二度とありませんから、これからのアメリカは、その歴史の罪深さを背負うものたちの国になっていくはずです。

いまの世界の決定的な問題は、一神教の宗教的問題というよりは、ヨーロッパの近代に生まれた、植民地主義を正当化したイデオロギーにその根があります。


東インド会社以来の資本主義にしても、カール・マルクスという人間的に問題のある人物の頭の中から生まれた、共産主義というものにしても、それらは、キリスト教の文化圏由来ではあっても、神や神々とは無縁な人間の考え出したものにほかなりません。


いまの日本という国は、敗戦後の七十数年という時間の経過のなかで、それらの西欧近代のイデオロギーや価値観のすべてが移築された状況のなかに置かれていますが、それこそが最後の一厘のしくみのどんでん返しのための条件なのです。


その用意として、私は、この十二月に安曇野の穂高神社に呼ばれ、安曇比羅夫のみたまに会ってきました。そこで私が感じたのは、海ゆかばの歌詞を書いたとされる、大伴家持は、白村江の戦いのことを知っていて、安曇比羅夫の戦いぶりも伝え聞いていたかもしれないということでした。


私は、あの第二次世界大戦の日本軍の兵士たちのたましいが復活しているのもまた、この最後の一厘のしくみの一部であることをお伝えし続けてきました。


この流れの延長上で、今回の安曇比羅夫との出会いがあったとすると、海ゆかば水漬くかばね、山ゆかば草生すかばね、として死んだ多くのものたちのたましいに、無駄死にはないことになります。


私が、死んだら終わり文明と呼んでいる、西欧近代のイデオロギーは、神はいないというよりも、最後の審判の時はこないのではないかという、ヨーロッパの千年紀の人間の懐疑から生まれたものだという視点から歴史を見直してみてください。


この千年紀が、ほとんど悪魔的な思考に取り憑かれた人間たちがつくってきた歴史だとわかるはずです。
同じ千年紀の日本では、源氏物語が書かれていました。このクリスマスに、アメリカが反省期に入ることで、何が起きるのかを考えてみるものいいでしょう。


アメリカは、かつては神の国でした。いまその地位を狙うのは、もともと神なき国であった地域を完全な無神論者たちが支配する中国という名を使う巨大国家です。


それもまた、最後の一厘のしくみだとするならば、私たちは日本人として、この歴史の試練に向き合わなければなりません。
すくなくとも、日本人のたましいは、ひと続きの時間のなかで成長してきたことに気づけば、私たちの役割も見えてきます。


20161222日 積哲夫 記


http://www.godbrain.com/



この記事へのコメント

  • 波羅

    天皇誕生日前日の糸魚川大火の原因が、中華料理店の周顕和で、ボランティア組織の事務局長が、韓国民団の李仁鉄だそうです。

    千歳空港で起こした中国人の騒ぎも国防動員法のシミュレーションであり、安倍総理の真珠湾訪問を潰したい悪足掻きが、表に次々と出てきました。
    阪神大震災や東日本大震災の時にも、奴等がどれ程の悪事を働いたのか、本当に良く見えてきます。

    反日勢力の最大拠点が、外務省のユネスコ世界遺産担当であり、間抜けな地方自治体の糞爺どもが「わが地元のみ善し」の浅ましい精神から、莫大な金と人員を使って、慰安婦問題や南京大虐殺で日本人の名誉を貶め続ける国連ユネスコに対して媚びへつらい、在外日本人の子供たちを危険に落としてます。
    地元の祭りがユネスコに登録されたと、ばか騒ぎしてる知事や市長をぶん殴りたい怒りが次々と沸き上がってきます。
    2016年12月28日 23:45
  • 神無月

    大和心様。

    ハワイでの安倍総理の演説は良い内容と思いました。

    心の琴線に触れる言葉に、当時を知る米国民には伝わるものが有ったはずです。

    極限の中で、正々堂々と戦った人間同士には相通じる心が有るようです。敵ながら尊敬し合う感情でしょうか・・・

    また終戦後、米国からの厚い支援に対する感謝の言葉も、ヤンキー魂には心地よい響きでしょう。

    更に、リンカーン大統領の言葉を引用し、米国、世界が、日本を許す「寛容な心」に対して感謝の意を表しています。

    日米同盟の強固な繋がりは、明日を拓(ひら)く、「希望の同盟」
    それが実現できたのは、寛容の心がもたらした、「和解の力」

    「寛容の心、和解の力を、世界は今こそ必要としています・・」

    安倍総理は、日米関係を未来志向で締めくくり、捏造歴史で謝罪と賠償を求め、侵略を企てる国を牽制しています。

    特亜は行間が読めませんから、「我々には謝罪がない」と言うのでしょうね(笑)

    ソースは、「和解の力」安倍晋三首相の真珠湾での演説(全文)
    http://www.sankei.com/politics/news/161228/plt1612280011-n1.html

    実質、世界のワン・ツーが和解し合えたのですから、神の仕組みに沿う動きは、これから見えてくるのでしょう。

    安倍総理は、日本の仕組みを変える為には「黒船」が必要なことを知っているようですね。
    2016年12月28日 23:32
  • 神無月

    大和心様。

    連投、失礼致します。

    主様の、天意と天罰について感じたことです。
    自然の猛威で被害を受ける方々は毎年います。

    慎ましく真面目に暮らしていたのに「何故、我れらがこのような目に遭うのか、神も仏も無いのか・・・」と。

    人間の目線では気付かないものです。

    そもそも、その場所に家を建ててはいけなかったのではないでしょうか?
    海岸線、河川敷沿い、人の住めなかった場所、密集地域など。

    自然が受け入れられる容量を超えれば、それ以降は余分で不要な存在です。
    人間は神に逆らい「カネ」の為に余分なものを増やしてきました。

    地球が養える量は決まっています。ドーピングで量を増やしても必ず壊れます。
    壊れは突然訪れます。その時に備えていないものは淘汰の対象です。
    (恐竜も小さな隕石「鉄槌」一つで絶滅しました・・・)

    エントロピーを増大させる人類に、神は何をするのでしょうか?

    自然の秩序を壊すものを、神は許しそうにありませんね。
    .
    2016年12月28日 18:29
  • 芋瀬童子

     連投深謝!年末大掃除をしながらふと奇妙な事が頭に昇りましたので書き留めたいと思います。見る人によって噴飯もの、別の人は『そうかもしれない!』・・・。
     旧約聖書ダニエル書2章に古代のバビロニアの王ネブカドネザルの悪夢の記録があります。巨大な像、頭は金、胸と腕は銀、腹と大腿は銅、脛は鉄、足は鉄と土塊。その足の部分にどこからか飛んできた石が当たった、するとこの像は倒れて粉々になり風に吹かれてなくなった。
     その解き明かしはバビロニア、ペルシャ、ギリシャ、ローマ、ローマの末裔キリスト教諸国へと覇権が推移する予告にして像全体としては人智による人類世界統治を表わし、その最中に『神ひとつの国を建てたまわん、是はその像の足を打ちて立ちて永遠に到らん』と言うものです。私
    はこの【石】が日本・・・いみじくも『さざれ石の巌となりて・・』と言うではありませんか・・と考えています。
     像の足とはローマ帝国が国教と定めたキリスト教を奉ずる諸国・・鉄の様に堅固な主要構成民族に土塊のような移民難民が混在している・・・そしてその末端メンバーがアメリカとロシア。
     昨年安倍総理は米議会で印象的な演説をしました。米大統領は広島に来ました。つい先日総理はロシアの大統領と会談しましたが領土の話はしませんでした。そして真珠湾。領土問題に進展がないから失敗だとか真珠湾について謝罪が何とやら、こっちの謝罪はどうしてしないのか、などと奇妙な勘違いをする向きが多々あるようですが私には次のように閃いた。『大東亜戦争は巨視的には【石】が【像の足】を打った・・その証拠にキリスト教諸国は崩壊の危機に瀕し、アメリカも同様・・トランプ当選はアメリカの【余裕がなくなった】証拠』その70年後の今、【見えない世界】からの目には【覇権交替の儀式:アメリカ・ロシア(キリスト教世界)→日本(神道、実質は古代イスラエルの後裔世界)】が行われている。 
     そこでまた疑念が閃きました・・もしかして安倍総理は日本神界、いや宇宙の神が動かしているのではないか?さらに・・日本は古来、朝廷と幕府があったが実質的には神によって統治されていた(そう見えないかもしれないが詳細に考量すると)のではないか?皇室の存在がその見える証拠ではないか?すると、我々は民主主義なるものを西欧から学んだ積りになっているが実質は神の采配に随っていたのではあるまいか?そして、近未来に於いて西欧キリスト教世界に取って代わったとは言いながら我々凡人の目には日本が然程劇的に変化を遂げたと映らないのではあるまいか。そう考えながら式年遷宮がしきりに脳裡を過りました。あそこには命令指図する【見える存在】が見えない。かえって【見えない存在】を暗示する儀式がありますね。
    2016年12月28日 16:09
  • 月の

    特命希望様

    なるほど小泉元首相の胡散臭さですが
    マスコミが隠す闇には
    我々民衆が光を当てなければならないということかもしれません

    総理の誕生を書かれた阿比留氏のように、勇気ある、正義感を持つ国士ばかり待つようでは、我々も亡国の要因となるかもしれません

    ニュース、週刊誌で報じられることは
    所詮、「go sign」が出たということですよね
    真実を暴くのに権力者の許可など、
    手のひらで踊らされているだけです
    2016年12月28日 10:20
  • 神無月

    大和心様。

    安倍総理が、ハワイの慰霊碑訪問をされましたが、オバマ大統領の広島慰霊訪問とセットとの論調ですね。

    しかし、日本軍は真珠湾の米軍関係のみを攻撃したのに対し、原爆は無差別攻撃であり国際法、人道上の重みが違うとの声も・・

    日本政府は、日米同盟強化(対中)のために、敢えて過去は問わず、未来志向でお互いのわだかまりを消す方向のようですが、これで、積様が言われていた米国の時代が終わるんですね。

    米国は日本を怯える必要が無くなり、逆に米国側の罪の贖罪が始まります。

    日本は誠を貫いてきましたからね。

    これからは米国民が米国の闇(嘘)を知る事で、日本との付き合い方に変化が現れるかもしれません。

    真珠湾の奇襲攻撃は日本が卑怯者だったはずなのに、実は大統領が卑怯者だった・・・。

    原爆投下は、米国の正義だったはずだが、真実は核の検証実験が目的で、大統領も騙されていた・・・。

    神の国の米国が、罪無き民間人を無差別に大虐殺していたとは・・・。

    日米は「陰陽」の関係、対等にバランスするのでしょうか?

    日本は正しい歴史を世界に知って欲しいのだと思います。

    形而下の2016年は、その岩戸が開いた年なのかも知れませんね。
    2016年12月28日 01:34
  • 特命希望

    神無月様へ
    御紹介戴いた動画を始め、昭和天皇、そして今上陛下の動画を拝見いたしました。
    いずれも両陛下、そして皇后陛下また皇族の方々の高貴な映像で、感動しました。
    本当に、天皇陛下の「威あって猛からず」そして荀子言うところの「赤子を抱するが如し」と言う威厳と限りない慈愛はどこから来るのか。もちろん、万世一系で神代から続く高貴な血筋というものもあるでしょうが、一片の私心なく、ひたすら国家の安寧と民草の幸福を全身全霊で神々に御祈念されるその崇高な行いの積み重ねが、至高の徳を体現されるお力となっているのか、と愚考いたします。
    それに引き替え、新刊本「総理の誕生」にある小泉純一郎の礼を失した不敬な行いの数々。
    ・新嘗祭において、「暗いから見えない。電気をつければいいじゃないか。だから皇室はもっと開かれなければならないんだ」と発言。
    ・又、燕尾服を着用を求める宮内庁の要請に応じす、儀礼上ふさわしくない紋付き袴で通して「皇室ももっと改革が必要だ」と発言したこと。
    ・女系天皇や女性皇族の皇位継承につながる皇室典範改正に熱心だったこと。
    これらの行為は、あの山本太郎が園遊会でやらかした天皇陛下への直訴、はたまた桑田佳祐が天皇陛下をコンサート中に侮蔑したことなどに匹敵する愚行である、と私は断じます。
    もっとも、小泉は首相になった当初から劇場型の胡散臭い輩だな、とは思っていましたが・・・
    以上、駄文にて失礼いたしました。                          
    2016年12月27日 22:03
  • CatmouseTail

    不思議なことに、クリスマス夜に安倍総理の夢を見た。安倍総理は報道でのみ知っているだけなのだが、紋付羽織袴で、どこかしら鳥居の前で演説ををなされている状況だった。演説内容はまるで覚えていないのだが、丁寧な演説で、穏やかな口調でした。
    なんだろうなあ。吉兆の予感がしますw
    2016年12月27日 09:48
  • 神無月

    特命希望様。

    天皇陛下には、心温まるお話ばかりですね。

    動画で観ますと、一層涙腺が緩みます。

    「昭和天皇の涙」
    https://www.youtube.com/watch?v=57Fr6vwI-XQ

    陛下の御心は、日本の父ですね。
    2016年12月27日 02:38
  • 特命希望

    今晩は。
    今回またしても、長文のコメントになってしまうこと、ご容赦下さいませ。
    昭和天皇が戦後佐賀県に巡幸遊ばされた折の大変感動的なエピソードと共産主義者さえも改心させてしまうと言う重要な出来事がありました。とっくにご存じの方も多いと思いますが、お恥ずかしながら、自分はつい最近知りました。
    陛下の全国御巡幸は教科書には、さらっとその事実があったことのみ載っておりますが、こちらにご紹介するように心打たれる話であるともに、もし陛下の御骨折りがなかったら、日本という国家が今の形で存続していなかったかもしれない大変重要な意義を持つものであったと考えます。それをきちんと教科書若しくは副読本に載せて、現代の子供達に教え伝えることが必要ではないでしょうか。
    小名木善行氏のブログ:ねずさんの独り言内の記事「昭和天皇行幸に学ぶ天皇の素晴らしさ」より抜粋・転載です。
    なそ、かなり端折ってあるので、記事本文のリンクを張っておきます。
    http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-3243.html
    引用開始
    >昭和20年8月の終戦後、日本は未曾有の食料危機となりました。物価も高騰しました。
    食料の配給制度は人々の生活を賄うに足りず、不衛生で暴力が支配する闇市があちこちに立ち並びました。
    それまで、東亜の平和を願い皇国不滅を信じていた人々は、価値観を根底から否定され、いかに生きるべきか、どう生きるべきかという規範さえも失い、呆然とし頽廃と恐怖と飢えが人々を支配していました。その日本人が、ある事件をきっかけに、祖国復興のために元気になって立ち上がりました。
    それが昭和天皇の全国行幸です。
    昭和天皇の行幸は、昭和21年の神奈川県を皮切りに、昭和29年の北海道まで足かけ8年半にかけて行われました。全行程は3万3000km、総日数は165日に及びます。
    実はこれはたいへんなことです。
    陛下の日常には、我々平民と違って、休日がありません。
    一年365日、常に式典や祭事、他国の元首その他の訪問、政府決定の承認等があり、その数なんと年間約2000件を超えるご公務です。
    そういうお忙しい日々を割いて、全国行幸をされたのです。
    この巡幸を始めるにあたり、陛下はその意義について次のように述べられています。
    「この戦争によって祖先からの領土を失い、国民の多くの生命を失い、たいへんな災厄を受けました。
    この際、わたしとしては、どうすればいいのかと考え、また退位も考えました。 しかし、よくよく考えた末、この際は全国を隈なく歩いて、国民を慰め、励まし 、また復興のために立ちあがらせる為の勇気を与えることがわたくしの責任と思う。」
    (中略)
    当時、焼け野原になった日本で、人々はそれまで「正しい」と信じて来た価値観を全部否定されました。
    それまでの正義が悪とされ、それまでの悪が正義とされるようにりました。暴力を取り締まるべき警官は、肝心の暴力には一切目をつぶり、むしろ闇米の売買は禁止だからと、苦労して得た一般人がようやく手に入れたお米を没収する。そういう情況だったのです。
    そんなひどい状況から国内が一日も早く脱皮し、日本人が普通に生活できるようにしなくてはならない。そんなときに陛下が選択されたのが、全国行幸です。
    陛下がおでましになられるのに、街が荒れていたら行政はその責任を問われます。
    ですから陛下が御行幸されると通知された地域では、行政府が中心となって大急ぎで、街の復興が図られ、また治安の回復が行われました。終戦直後の本当に混乱していた時代に陛下が御選択されたのは、「全国民の真心を喚起する」という一点だったのです。
    (中略)
    陛下が佐賀県に行幸されたのは、昭和24年5月24日のことです。
    この日、陛下はたってのご希望で、佐賀県三養基郡にある「因通寺」というお寺に行幸されました。
    住職は奏上文を書いた奉書を持って、陛下の前に進み出ました。
    そして書いてある奏上文を読み上げました。
    「本日ここに、一天万乗の大君をこの山深き古寺にお迎え申し上げ、感激これにすぎたるものはありません。」住職は、ここまで一気に奏上文を読み上げました。
    けれど、ここまで読み上げたところで、住職の胸にも熱いものが突き上げてしまいました。
    引き揚げ孤児を迎えに行ったときのこと、戦争で亡くなった小学校、中学校、高校、大学の級友たちの面影、「天皇陛下万歳」と唱えて死んで行った戦友たちの姿、彼らと一緒に過ごした日々、そうしたありとあらゆることが一瞬走馬灯のように頭の中に充満し、目の前におわず陛下のお姿が霞んで見えなくなり、陛下の代わりに戦時中のありとあらゆることが目の前に浮かんで、奏上申し上げる文さえも奏書から消えてなくなったかのようになってしまったのです。
    (中略)
    この挨拶のあと、陛下は、孤児たちのいる寮に向かわれました。
    孤児たちには、あらかじめ陛下がお越しになったら、部屋できちんと挨拶するように申し向けてありました。
    こうして各お部屋を回られた陛下は、一番最後に禅定の間までお越しになられました。
    この部屋の前で足を停められた陛下は、突然、直立不動の姿勢をとられ、そのまま身じろぎもせずに、ある一点を見つめられました。
    それまでは、どのお部屋でも満面に笑みをたたえて、おやさしい言葉で子供達に話しかけられていた陛下が、この禅定の間では、うってかわって、きびしいお顔をなされたのです。
    陛下の目は、一点を見つめていました。
    それは、三人の女の子の真ん中の子が、胸に抱きしめていた二つの位牌でした。
    陛下は、その二つの位牌が「お父さん?お母さん?」とお尋ねになったのです。
    女の子が答えます。「はい。これは父と母の位牌です」
    これを聞かれた陛下は、はっきりと大きくうなずかれ、「どこで?」とお尋ねになりました。
    「はい。父は、ソ満国境で名誉の戦死をしました。母は引揚途中で病のために亡くなりました」この子は、よどむことなく答えました。
    そのとき、陛下のお目から、ハタハタと数的の涙が、お眼鏡を通して畳の上に落ちました。そのとき、この女の子が、小さな声で「お父さん」と呼びました。
    これを聞いた陛下は、深くおうなずきになられました。
    様子を眺めていた周囲の者は、皆、泣きました。
    東京から随行してきていた新聞記者も、肩をふるわせて泣いていました。
    (中略)
    そして陛下は、「引揚者」と書かれた人達の前で、足を停められました。
    そこには、若い青年たちが数十人、一団となって陛下をお待ちしていました。
    実はこの人達は、シベリア抑留されていたとき、徹底的に洗脳されて、日本革命の尖兵として日本の共産主義革命を目的として、誰よりも早くに日本に帰国せしめられた人達でした。
    この一団は、まさに陛下の行幸を利用し、陛下に戦争責任を問いつめ、もし陛下が戦争責任を回避するようなことがあれば、暴力をもってしても天皇に戦争責任をとるように発言させようと待ち構えていたのです。そしてもし陛下が戦争責任を認めたならば、ただちに全国の同志にこれを知らしめ、日本国内で一斉に決起して一挙に日本国内の共産主義革命を実施し、共産主義国家の樹立を図る手はずになっていたのです。
    そうした意図を知ってか知らずか、陛下は、その一団の前で足をお止めになられました。
    そして「引揚者」と書いたブラカードの前で、深々とその一団に頭を下げられました。
    「長い間、遠い外国でいろいろ苦労して大変であっただろうと思うとき、私の胸は痛むだけでなく、このような戦争があったことに対し、深く苦しみをともにするものであります。みなさんは、外国において、いろいろと築き上げたものを全部失ってしまったことであるが、日本という国がある限り、再び戦争のない平和な国として新しい方向に進むことを希望しています。みなさんと共に手を携えて、新しい道を築き上げたいと思います」
    陛下の長いお言葉でした。そしてそのときの陛下の御表情とお声は、まさに慈愛に満ちたものでした。
    はじめは眉に力をいれていたこの「引揚者」の一団は、陛下のお言葉を聞いているうちに、陛下の人格に引き入れられてしまいました。「引揚者」の一団の中から、ひとりが膝を動かしながら陛下に近づきました。
    そして、「天皇陛下さま。ありがとうございました。いまいただいたお言葉で、私の胸の中は晴れました。引揚げてきたときは、着の身着のままでした。外地で相当の財をなし、相当の生活をしておったのに、戦争に負けて帰ってみればまるで赤裸です。生活も最低のものになった。ああ、戦争さえなかったら、こんなことにはならなかったのにと思ったことも何度もありました。そして天皇陛下さまを恨んだこともありました。しかし苦しんでいるのは私だけではなかった。天皇陛下さまも苦しんでいらっしゃることが、いま、わかりました。今日からは決して世の中を呪いません。人を恨みません。天皇陛下さまと一緒に、私も頑張ります!」
    と、ここまでこの男が申したとき、そのそばにいたシベリア帰りのひとりの青年が、ワーッと泣き伏したのです。「こんな筈じゃなかった。こんな筈じゃなかった。俺が間違えていた。俺が誤っておった」と泣きじゃくるのです。
    すると数十名のシベリア引揚者の集団のひとたちも、ほとんどが目に涙を浮かべながら、この青年の言葉に同意して泣いている。
    彼らを見ながら陛下は、おうなずきになられながら、慈愛をもって微笑みかけられました。
    何も言うことのない、感動と感激の場面だったそうです。
    (中略)
    駐日大使というと、長い方で6~7年、短い方でも2~3年の滞在です。
    帰国前に陛下にお目にかかってお別れのご挨拶をするのですが、ほとんどの駐日大使が「日本を去るに忍びない、日本には陛下がおいでになり、陛下とお別れをすることがとても悲しい」と申されます。
    この言葉が儀礼的なものではないことは、その場の空気ではっきりとわかるのだそうです。
    そして陛下とお話しをされながら、駐日大使のほとんどの方が、目に涙を浮かべて言葉を詰まらせる。
    特に大使夫人の方々などは、頬に伝わる涙を拭くこともせず、泣きながら陛下においとまごいをされます。因通寺のご住職と同じ状態になってしまうのです。
    こうしたことは、その大使が王国であろうと、共和国であろうと、共産圏の方であろうと、みな同じなのだそうです。不思議なことに、むしろ反日の共産圏の国々の方々のほうが、より深い惜別の情を示されるといいます。
    天皇は、わたしたちをいまでも「おほみたから」としてくださっています。
    この世のすべての出来事は、何か意味があって起こるといいます。
    そういう国に生まれ、その天皇から「おほみたから」とされることで、政治権力者とも人として対等に生きることが許容された歴史を刻んできたのが、日本人です。
    そこに自然な感謝の気持ちが持てる日本人に、自分もなっていきたいと思うのです。
    この世に生を受けさせていただき、感謝です。

    ※出典:しらべかんが著「天皇さまが泣いてござった」
    引用ここまで



    2016年12月26日 22:41
  • 神無月

    大和心様。

    「君が代」の解釈はいろいろ有ります。
    元歌は、お祝いの歌の説を受け取っています。

    君とは男女の事で、この場合「新婚夫婦」に対して、二人に授かった命は、千代、八千代と永く続きますよ。さざれ石が岩になりコケる程の時迄。

    永遠の命と平和を願う歌です。

    海外の国歌には、戦に向かう気持ちを鼓舞したり、忠誠を誓う内容が多いようです。

    日本の国歌は、永遠の平和を歌ってる珍しい歌詞です。

    ドイツの大学で、音楽教授たちが世界の主な国歌について評価をしたそうです。

    一位に選ばれたのが日本の「君が代」でした。

    理由は、まず楽曲が素晴らしかったこと。
    次に「君が代」の歌詞に込められた日本人の心を知り、「君が代」は賞賛されたそうです。

    君が代を歌えない先生は、もう一度国語と歴史を勉強しなおすべきですね。

    先人の荘厳な世界が見えない世界の方々には、そのレベルの国への移住をお薦めします。
    その方が、心穏やかに暮らせます。

    昔の方は教養が高かったようです。
    .
    2016年12月25日 22:31
  • 月の

    勉強不足で恥ずかしいですが
    この前初めて
    君が代に2番の歌詞があるのを知りました

    君が代をヘブライ語で解釈すると…
    はネットで検索すれば
    たくさんヒットすると思います
    自分も感動した覚えがあります

    君が代、2番の歌詞もヘブライ語解釈はできるのかできないのかは分からないですが
    素敵な歌詞だなと思いました

    国歌斉唱の際、1番だけでなく2番も演奏してほしいなと思います
    2016年12月25日 15:57
  • 神無月

    大和心様。

    はま様の句を読み、何故か「青い鳥」が浮かびました。

    見える世界と見えない世界

    これも同じですね。

    青い鳥 (メーテリンクの童話)

    むかしむかし、あるところに、まずしい二人の子どもがいました。
     お兄さんの名前はチルチル、妹の名前はミチルと言いました。
     クリスマスの前の夜のことです。
     二人のへやに、魔法使いのおばあさんがやってきて言いました。
    「わたしの孫が、今、病気でな。しあわせの青い鳥を見つければ病気はなおるんじゃ。どうか二人で、青い鳥を見つけてきておくれ」
    「うん、わかった」
     チルチルとミチルは鳥カゴを持って、青い鳥を探しに旅に出ました。
     チルチルとミチルがはじめに行った国は、『思い出の国』でした。
     二人はこの国で、死んだはずのおじいさんとおばあさんに出会いました。
    「人は死んでも、みんなが心の中で思い出してくれたなら、いつでもあうことができるんだよ」
     おじいさんは、そう言いました。
     そして、チルチルとミチルに、この国に青い鳥がいることを教えてくれました。
     ところが、『思い出の国』を出たとたん、青い鳥は黒い鳥に変わってしまいました。
     チルチルとミチルは、つぎに病気や戦争など、いやなものがいっぱいある『夜のごてん』に行きました。
     ここにも、青い鳥はいました。
     でも、つかまえて『夜のご殿』を出たとたん、青い鳥はみんな死んでしまいました。
     それから二人は『ぜいたくのごてん』や、これから生まれてくる赤ちゃんがいる『未来の国』に行きました。
     どこにも青い鳥はいましたが、持ち帰ろうとすると、みんなだめになってしまうのです。
    「さあ、起きなさい。今日はクリスマスですよ」
     お母さんのよぶ声が聞こえました。
     目を覚ますと、二人は自分たちの部屋のベッドの中にいました。
     青い鳥を探す旅は、終わったのです。
     チルチルとミチルは、とうとう青い鳥をつかまえることが出来ませんでした。
     でも、チルチルとミチルが、ふと鳥カゴを見ると、中に青い羽根が入っているではありませんか。
    「そうか、ぼくたちの飼っていたハトが、ほんとうの青い鳥だったんだ。しあわせの青い鳥は、ぼくたちの家にいたんだね」
     二人はお互いに顔を見合わせて、ニッコリしました。
     魔法使いのおばあさんは二人に、しあわせはすぐそばにあっても、なかなか気がつかないものだと教えてくれたのです。

    おしまい
    .
    2016年12月25日 13:18
  • 特命希望

    昨今のテロなど殺伐としたニュースや火事のような災害に辟易した私が見つけた、心打たれた話を、この場をお借りしてご紹介させて戴きたく思います。と申しましても、相も変わらぬコピペですが。
    なおかつ、長文になってしまうことを予めお詫びいたします。
    保守の会の会長 松山昭彦氏のブログ 桜の花びらの「日本人よ、矛値を持とう」内の記事
    >「日本スゴイブームを斬る」(東京新聞)? これはブームではなくネットにより真実が知られるようになっただけである。
    からの抜粋です。
    引用開始
    >大東亜戦争末期、日本軍の一隊がビルマからタイへ逃れようとして山中を歩いていた。この隊長は音楽学校出身なので常日頃、部下に歌を教えていた。伴奏は水島上等兵が戦地で手作りした「ビルマの竪琴」である。
    ある小さな部落で野営している夜、敵のイギリス兵に囲まれた。戦闘準備をする時間稼ぎに「埴生の宿」を歌って、いざ出撃しようとした。
    すると敵イギリス陣からも「埴生の宿」のコーラスが聞こえて来た。「埴生の宿」を作曲したのはイギリス人であり、イギリス兵には懐かしい歌だった。
    包囲したイギリス兵と包囲された日本兵。敵味方が一曲の歌によって互いに感じ入った瞬間だった。
    その後、戦争終結。まだ戦おうとする三角山の日本軍に投降を勧めるために、水島上等兵が派遣されたが、失敗して瀕死の重傷を負った。
    水島上等兵はビルマ僧に助けられ、そして僧に変装して南部のムドン捕虜収容所に向かった。しかしその途中で水島は恐ろしいものを見た。
    山の谷間、ジャングルの中、川辺の泥の中にあった、たくさんの日本兵の屍体だった。「私は彼らを放置して日本に帰れない。・・・」
    水島の苦闘が始まります。屍体埋葬、しかし一人では限界がある。この時、見かねたビルマの村人達が積極的に協力してくれた。
    ビルマ人が言った。
    「日本の兵隊は実に勇敢だった。イギリス軍には立派な武器があり、多くの飛行機もあった。しかしイギリス軍の略奪や婦女暴行は相当ひどかった。それに比べて日本の兵隊は軍律が厳しく婦女暴行はなかった。しかも日本の兵隊は銃剣一つで立ち向かって行った。あの勇敢さと軍律の厳しさを今も尊敬する」
    捕虜収容所では水島上等兵の帰りを待っていたが、遂に帰って来なかった。「水島!一緒に日本に帰ろうよー」と彼らは叫び続けた。
    やがて日本へ送還の日程が決まった。ある日、ビルマの少年を連れた水島上等兵が現れた。静かに「埴生の宿」を演奏し、やがて涙を流し、静かに森の中に姿を消して行きました。
    水島上等兵の心中を察した隊長は黙って見送った。輸送船内で隊長は水島上等兵の長い手紙を読んだ。そこには「ビルマの土は赤い、岩もまた赤い」と書いてあった。

    平成21年10月25日、タイ北部のメーソートで中野弥一郎さんが亡くなりました。享年89歳。中野さんは数多くいた日本に帰国しなかった「ビルマの竪琴」の水島上等兵の一人だった。
    兵士としてインパール作戦に参加し、ビルマからインドのコヒマを攻めたが敗走。その時、仲間の3万人以上が戦病死した。
    中野さんのタイの自宅には日本語の新聞や雑誌が積まれ、壁には昭和天皇の御真影とご自身の出征前の写真が飾られていた。
    日本には帰らずとも、魂や心は最期まで日本人であり続けたのです。
    引用ここまで。



    2016年12月25日 10:57
  • 左巻き大嫌い

    この世は間違いなく、見えない大きな力によって支配され導かれていると感じて居ます。特に、最近の出来事を見ていると、世の中が大きく動き始めたことを感じます。

    全てが大方の予想を裏切る出来事でした。先ず、天気予報が当たらない、台風の進路が定まらない、長雨が続くなど異常気象が続きました。熊本、島根、福島と地震が続き、鬼怒川をはじめとして河川が氾濫するなどの、天災にも見舞われました。相模原の大量殺人を始めとする凄惨な殺人事件、悲惨な交通事故、糸魚川の大火など、狂った世の中の膿が一気に噴き出して来た感じがします。

    一方、原発反対派の知事が川内原発の再稼働を容認し、普天間移転では県側が敗訴し、沖縄のヘリパッド建設では反対派の執拗な妨害にも関わらず工事完了となり、4000ヘクタールが日本側に返還されるなど、これまでの展開を一気にひっくり返すような出来事でした。

    英国がEU離脱を決め、反中親露のトランプ氏が大統領選に当選し、韓国も亡国の政変が続いて居ます。親中反日のオバマ大統領が広島を訪問し、安倍総理が真珠湾を訪問し、ロシアとの関係に平和条約に向けて一歩前進が見られたのは明るいニュースでした。中国も最近の西太平洋での演習について日本に事前通告をしましたが、これも大きな変化です。

    日本は本当についている国です。と言うよりも、何か大きな力により試され、守られていると感じます。地震や天災や事件は悪い因縁を振り切る為には通過しなければならないことです。

    私達日本人はこの大いなる力を信じ、それぞれが自らの国を愛し、国籍や人種に関わらず人を愛し、天を敬う生活をするべきと感じている今日この頃です。
    2016年12月25日 10:02
  • はま

    とこしなえ
    ひと つづりけり
    君が代は
    有相無相え
    やまとたましい
    2016年12月25日 06:26
  • 神無月

    大和心様。

    最終知識の中で、積様が言われていた事が心に残っています。
    「神に近づこうとして、多くの者が迷い狂い死にした・・」のような記述でした。

    神の領域には、凡人は無理に求めようとはせずに、「道徳」を実践する程度が丁度良いと思いました。
    (徳の道ですから、それも難しいことですが・・)

    私も霊感は御陰様でありません。霊を見たいとも思いません。
    しかし、感のようなものは有ると思います。

    見えない世界には、神と霊がおられて、身近なことは守護霊が導き、形而上の世界では神が導くと勝手に想像しています。

    次元的なことでは、芋瀬童子様の予知夢は私には有りませんが、目の前の出来事が過去に体験したことが有ると感じる瞬間はあります。
    相手の顔の表情から会話の内容まで記憶の中に有ります。

    時間軸の違う次元からの木漏れ日のようなものでしょうか?

    神は、人間の成長を求めているのですよね?
    「我れ善し」からすれば、大きなお世話ですが、それは許されないのですね。

    心が成長するまで何度でも輪廻転生し、煩悩渦巻くこの世で苦行を与えられ、その中で自らが気づくまで、それは続く・・・・

    「神の道」ですね。

    天国、極楽浄土が理想の世ならば、そこには「カネ」は存在しませんね。
    「カネ」が有りませんから、欲が有りません。故に競争も生まれません。競争がありませんから、自分のことより相手のことを、いたわれます。
    お互いが相手をいたわりますから、苦労する必要も無くなります。
    苦労が消えますから、いたわり合うことしか残りません。
    食べ物も足りなければ皆さんが分けてくれます。病気の人も皆さんが看護してくれます。子供も皆さんが見てくれます。

    家に鍵は不要です。天国には警官も自衛官もいりません。
    天国の仕組みが現世に再現されれば、殆どの仕組みが無用となり、今のコストは激減するでしょう。
    (ミロクの世は、まだ遠い先の話です)


    遺伝子シンクロ率
    人間とネズミの遺伝子は97%同じ。
    人間とチンパンジーの遺伝子は99%同じ。
    600万年前に分かれた人間とチンパンジーには認知機能や身体能力に大きな違いがありますが、この違いは10個のDNAの違いだそうです・・・

    それだけの違いで、人間は頭の中で天地創造が出来ます。
    宇宙空間も時間を越え130億年の冒険旅行が出来ます。
    想像力が有る人間の脳は、とんでもない代物なのかも知れません。


    空(無)の概念ですが、素粒子から見れば、地球内部も素通りですから、物質自体は空っぽなんでしょうね。
    故に「無常」なんですね。

    いろいろ考えると頭痛になりますから、感じることにします。
    「愛が全て、メリークリスマス」

    主様の展開が楽しみです。
    2016年12月24日 22:11
  • ラブマミー

    大和心様、今晩は。
    今、考えても不思議で私自身、未だに
    あの時の不思議な行動が理解出来ないで
    居ます。何であんな行動をとったのか?

    阪神大震災の前日と元旦に見た夢の事ですが
    普段はそう言った事がないのですが。。。
    あの年の瀬で日月神示に関する本を読んでて
    どうしても、訳がわからん様になって
    もういい、お天道様に恥じぬ生き方と良心
    を無くさぬように生きていけばいい。って
    思って居た感覚が沸き上がってきて、
    それから、元旦に地震の夢を見て、夢の中では、自分が布団の中でぐるんぐるん回っていて主人はその場に居なくて、その夢を見た日に主人にひょっとして関東大震災が来るんじゃないか?って言ったのですが、まさか、関西に来るとは思いもよらず、そして、阪神大震災の前日は主人の会社の保養所で震源地ヘ泊まっててイザナギ、イザナミ神社ヘお参りして、帰宅する時に何故か三輪山ヘよって欲しい気持ちに成り、主人に三輪山ヘお参りしたいからって言ったら主人は自宅が明石の橋越えたら目の前なのに何で奈良まで行くの?って言われたが私は三輪山に行かなきゃって気持ちをごり押しして、いってもらって三輪山にいって狭井神社もお参りをさせて頂き帰宅し、その時、お日様を見ると
    何とも言えない優しい波動を体で感じその言葉?なのか波動だと思います。
    その時お日様があなたたちを愛してますよ。
    って波動が体で感じた。するとその次の日
    阪神大震災が起こった。そんな、出来事が在って、あの時の私の思考と行動が今でも
    、考えても自分で理解出来ないで居ます。
    不思議だけど貴重な体験でした。
    2016年12月24日 22:06
  • 内記正時


    大和心様、お元気ですか?
    日々、変化変容の道行きを歩んでおられることと拝察します。
    さて、今回のテーマの一つ「見えない世界」について、ある本の受け売りではありますが、私が有用な情報と考えているものを紹介させていただきます。

    20世紀後半、1970年代になってから、欧米では「臨死体験」に関する研究が積極的に行われるようになりました。研究者の多くは大学教授や学者、それに医師などの学識者で、当然ながらそのやり方は、多数のサンプルを集め、統計的かつ客観的な手法によって行われました。その結果、多くの臨死者が共通的に体験する事象が明らかになり、学術的にも有意と見られるものが出てまいりました。
    その中で、ケネス・リング氏(コネチカット大学心理学教授)という人物が、自らの研究成果を『オメガプロジェクト、邦訳1997年』という著書で発表していますが、ここには極めて興味深い内容が述べられています。
    以下は、多くの臨死者の「原型的臨死体験」とされるもので、彼らが一旦あの世に行ってからこの世に帰還するまでの間に、ほぼ共通的に体験した出来事を一般化する形でまとめられたものです。

    ① やすらぎ体験
    臨死体験の始まりの時点で、あふれるほどのやすらぎ、安堵感、安心感などを体験する。
    ② 体外離脱
    自分が自分の肉体の上にいることを発見することが多く、客観的な傍観者としてそれを平然と上から眺めていたりする。
    ③ トンネル体験と光を見る
    次いで何かトンネルのようなものか、或いは暗い虚空の中を、美しく輝く光に向かって移動していると感じることが多い。
    ④ 光の世界に入る
    光に近づくとその光に包み込まれ、純粋な愛、無条件に自分を受け入れてくれる愛に包まれたという感覚を抱く。
    ⑤ 何らかの超越的存在との遭遇
    この時点で何らかの存在に気づくことがあり、その存在から、更に先に進むかそれとも自分の肉体に戻るかを選択するよう迫られる。またはその存在から「戻りなさい」と命じられることもある。
    ⑥ 人生回顧
    超越的存在と出会った際、自分の全人生がすばやくパノラマ風に回顧される時がある。
    ⑦ 死んだ親類・知人との出会い
    死んだ親族の「霊」に出会い、彼らの領域へ入るよう誘われることもあるし、ここへ来るのはまだ早い、帰るべきだと諭されることもある。
    ⑧ 生還
    体験は終結し、体験者は物質界へ戻っている。

    上記①から⑧の中でまず注目すべきは、④光の世界に入り、⑤超越的存在と出会うというものですが、この時、臨死者の多くは無条件の愛、或いは全てを包含する宇宙的な愛とでも言うべきものを全身全霊で感じることに大きな特徴があります。「見えない世界」を構成している根源的要素は「愛」であると言ってもよいのかもしれません。
    もう一つ⑥の人生回顧では、⑤の超越的存在の指導によって、自分が何のために地上世界に生れ、何をすべきかが明らかにされ、それに対して自分がどんな人生を送って来たかを回顧させられることになるのですが、これもまた極めて重要な体験です。ここでは臨死したほとんどの人が、人生の真の目的とあまりにも乖離した自らの「我れ善し」の生き方を思い知らされ、深い後悔と反省の念を抱くことになるようです。

    日本人の臨死体験者で、ベストセラー『生きがい論』シリーズの著者、飯田史彦氏(経済学者、福島大学元助教授、教授)の体験は実にユニークなものでした。氏は臨死後、光の世界で「究極の光(=超越的存在)」と出会い、その光から三つの質問をされ、それぞれについて自己評価を求められたそうです。
    三つの質問とは以下のものです。
    ○充分に学んだか?
    ○充分に愛したか?
    ○充分に使命を果たしたか?

    その後、「究極の光」は飯田氏に次のように諭します。
    「価値があるのはただ学ぶ努力、愛する努力、使命を果たす努力・・・・この三つの努力だけだ。それ以外は、人として生きる本来の目的ではない。人間社会での成功そのものは、あらゆる意味において、評価の対象にならない。こちらの世界で問われるのは、充分に学んだか、充分に愛したか、充分に使命を果たしたか・・・・ただそれだけだ」

    世界中には臨死体験者が大勢いますが、彼らの多くは臨死から帰還した後、「あの世」の実在を確信し、精神的・霊的に劇的な変容を遂げ、それまでの生き方がガラッと変わるそうです。地上物質界に生れたことの真の意味や目的を理解し、現実社会の中で本来的な生き方をしようとする訳です。そのことを世に示すのが、臨死体験者の役割の一つであり、それ故に「あの世」から「この世」に帰還した(させられた)のだと思われます。

    「充分に学んだか?充分に愛したか?充分に使命を果たしたか?」この目的を達成するため、地上世界は、「真・善・美・愛」とは真逆の「悪・偽・醜・憎」が渦巻く世界に創られました。この逆説にこそ神仕組の大いなる秘密があります。「あの世」の無上至高の「愛」とは「この世」では反対のベクトルとしても働くということですね。真の愛とは極めて厳しいものでもあります。
    私が研究・研鑽している「日月神示」が逆説に満ちているのも、これ故だと考えられます。

    (参考文献:『孝明天皇と大本裏の神業《下》』伊達宗哲著 ともはつよし社)
    2016年12月24日 18:38
  • ハゲおやじ

    大和心様

    般若心経の言うところの「色即是空、空即是色」ですね。

    この世のすべてのものには実体が無い。実体の無いものがこの世のすべてを形造っている。

    この言葉を思い出しました。
    2016年12月24日 13:44
  • 春うらら

    抽象的な話ですみません。様

    昭和が終わるとき、その前後に
    芸能界では石原裕次郎さんや美空ひばりさん、松田優作さんら昭和を彩った大スターらの訃報がありました

    smapは訃報でなく、解散です
    戦後の日本国憲法から始まった平成
    昭和と平成が違うのは
    「象徴」天皇としておられます今上陛下
    の御譲位についてなど
    平成を「象徴」とするものが
    節目を迎え
    smap解散はいろいろな大きな変化がある中
    とくにそれが今、大衆に最も響くものの一つだと思うからです

    昭和から平成への流れとは、全く違うと考えています
    2016年12月24日 11:37
  • 抽象的な話ですみません。

    春うらら様
    おっしゃってる事は理解出来る部分もありますが「平成が終わる」と連呼される根拠は何ですか?
    始まれば終わりがあります。
    それは必然です。
    けれど軽々しく言って欲しくないこともあります。
    2016年12月24日 10:09
  • 月の

    大和心さま

    今回の記事を拝見させていただき、
    目に見えないものを想う、尊ぶ心を
    テレビに出てる評論家、コメンテーターの方々が視聴者にまで伝わるように持ちながら
    今話題にのぼる政治を語っていただきたいな、などと思いました

    DHCの虎ノ門ニュース、現月曜担当してらっしゃる参議院議員青山繁晴氏などは
    それをお持ちなのではないかな
    などと感じています
    はっきりと分かるように、「天の采配」とおっしゃられることも多々ありますし


    そして、春うららさま

    smap騒動と、将棋界にのぼった不正疑惑はほんの少しだけですが似た空気、ニュアンスを感じています
    ジャニーズ事務所の対応、将棋連盟の対応ともども。

    報道されている、あるいは憶測としてあがっているのを見る限り
    私にある情報も多いとは思いませんが
    善悪はさておき
    これからの渡辺竜王が少し心配になります
    将棋ファンも今回の竜王戦は挑戦者の丸山九段を応援する声が多かったのにも、人々の心の潜在的な何かがあると思います
    これも、
    「目に見えない」ものに依っています
    結果は渡辺竜王の防衛で終わりましたが…

    それらの話題と関係ないところでも
    自業自得、因果応報
    その速度がとても速くなっているような気がするのは、気のせいでしょうか

    日の本は言霊の幸う国
    多くの人の「ありがとう」
    が「目に見えない」、「何か」を守り、壊し、変えていくのではないかな、などと思います

    大和心さま
    いつもブログ更新
    ありがとうございます



    2016年12月24日 04:53
  • 芋瀬童子

    本記事に関していくつかの事を書いてみようと思います。
    1. 見えない世界を観る人が【霊能・怪異譚】と言う記事を書いておいでです。極めて真摯な記事です。
    http://fomalhauta.blog96.fc2.com/
    2. 創世記の冒頭に【神、光在れと言い給いければ光ありき】とあります。私はこれが地上世界の原理、【思念が現象化する】であると考えています。但しこの思念とは我々の無意識領域にある思念、従って『自分は必ず成功して金持ちになる』と、いくら頭で考えても実現しない。しかし心の底にある漠然とした不安がいつの頃からか何故かあると言う人が居たとします。その不安は形になる可能性が大です。具体例は控えます。
    3. 数年前、物理学上の発見として【ヒッグス粒子】なるものの存在が記事にありました。宇宙空間にはこの粒子が充満している、とのこと。創世記の【神の霊、水の面を覆いたりき】なる記述が閃きました。次に学校で習った電線の中を通電する仕組みを想い出しました。電線の中には電子が充満しています。その一端を押すと玉突き状態に伝搬して反対側がどんなに遠くても瞬時に電子が跳びだす、つまり通電する。同様に例えば私が【ありがとうございます】と念を発したら充満する神の霊によって瞬時に宇宙の端まで到達、反射して還って来る、或は宇宙を巡って自分の処に戻って来る!
    4. 大学の工学系学科では物理数学なるものを履修します。その中に等角写像或はシュワルツ・クリストッフェル変換なる一項目があります。これは一つの世界での複雑な形状を別の世界の単純な形状に変換する計算法です。例えば、複雑な断面形状の飛行機の翼に働く揚力はそのままでは計算不可能に近いですがある種の変換式を使うと単純な円断面に表現し直す事が出来ます。するとこれが流れの中にある場合に作用する力は流体力学によって計算可能です。
    我々が住む形而下世界は複雑ですが或は神の何かの法則で形而上世界に変換されるともっと単純なものかもしれません。典型的な例は黙示録、それは形而上世界での情景描写であり、字面そのままを形而下世界での出来事として解釈しようとすると訳が分からなくなります。旧約聖書はこの神の何かの法則の存在とカタチを暗示しようとの意図による饒舌だろうと思います。

    私は予知夢を頻繁に見ます。殆ど百発百中で当たるので人生とは既に決まっているのだ、との印象を持つようになりました。多分見えない世界に私の実態はあります。その発する思念が宇宙に拡散反射されて像を結んでいるのが自分だろうと考えています。夢は見えない世界にある自分自身を垣間見ているのだろうと思います。私の思念も実は集合無意識なる【全体】に根がある、そして、日本民族の集合無意識と言う世界があると思います。これを別名日本神界と呼ぶのだろう、皇室不敬罪とか外患誘致罪とはその人間の法の世界での文言はともかく本質は日本人の集合無意識に対する挑戦である、と考えています。黙示録19章には新しい時代の王の口から出る剣によって裁かれたとの記述がありますがこの形而上世界の描写が形而下に変換されるとどういうものになるのだろうかと興味があります。外患誘致罪疑惑告発状かな?と考えたりしますが今の処よく分かりません。
    2016年12月24日 00:19
  • 波羅

    和食と旨味が世界中でブームですが、和食は神道に通じる道の第一歩です。
    道は教えに勝る。
    料理人は教えられて身に付くものは基本作業のみで、そこに宿る精神は自ら道を切り開かなくてはなりません。
    料理人の道
    包丁職人の道
    和食がこれだけ多岐に渡り専門化してるのも、それが道だからです。
    なんちゃって和食に道はありません。道の無い物は淘汰されます。
    2016年12月23日 23:19
  • 特命希望

    今晩は。
    今回の主様のテーマ「この世は、目に見えるもの(可視)と目に見えないもの(不可視)で成り立っている。」
    霊感などとは全く無縁で、根っからの凡庸者である自分にとって甚だ難しいお話でございますが、ご紹介の光文書中の一節「この白村江の記憶を、現在も伝え続けているのが、安曇野の穂高神社なのですが、そこには、白村江の戦いで死んだとされる安曇比羅夫がまつられて、白村江の海戦を伝えるとされる船祭りが、いまも九月二十七日に行われています。」に感ずるところがありまして、駄文を投稿させて戴きたく思います。
    穂高神社とは、いわば古代の靖国神社のような存在なのかと、勝手に解釈いたしました。
    石平氏の著作「韓民族こそ歴史の加害者である」によると、白村江の海戦は、百済の朝鮮人の裏切りによって、日本単独で唐の大軍と闘わねばならなくなり、全滅したとあります。
    古代から現在に至るまで朝鮮人は日本に仇なす存在だ、と改めて思いました。

    さて話は変わりますが、信仰心が薄い自分ですが、やはり例え無人で容易に侵入できる神社仏閣であっても、いたずらや破壊をしようという気にはなりません。何がそう思わせるのか・・・
    森閑とした犯しがたい雰囲気を感じはしますが、祟りを受けるとか、罰が当たるという恐怖心はありません。
    更に突き詰めて考えてみるに、自分が幼少の頃、母方の祖母と一緒に日課で神棚と仏壇を拝むという習慣、時々近所の神社や観音様にお参りし、米粒を観音堂や拝殿の開き戸の格子部分にお供えしているのを見て、何となくそうするものだという意識が刷り込まれてきた事が影響しているのか、と愚考いたします。
    そして、大人になった今では、移り住んだ今の地で、江戸時代から伝わる、「断じ」という地元の風習に従い、毎年12月18日から24日の日没まで禁酒しております。
    昔、その地区で大火が発生した事がきっかけで、秋葉神社に酒断ちを誓ったことに由来するものらしいです。
    家族以外は見ている人間はいないので、こっそり飲酒してもバレないのですが、やはりわざわざ禁を犯そうという気にはなりません。
    以上、甚だ卑近なコメントで失礼いたしました。
    2016年12月23日 21:17
  • 春うらら

    (つづき5)


    smap解散について安倍総理に質問した議員は大馬鹿者だと思うし
    たかだか芸能人にここまで騒ぐメディアも国民もバカだと思う
    が、ラストチャンスだったのだ

    昨年から本腰入れた鬼退治
    きびだんごで戦ってくれる酉に
    期待しながら感謝しながら
    夜空のむこうには、もう明日が待っている
    2016年12月23日 17:30
  • 春うらら

    (つづき4)


    今年で平成の象徴は消える
    時を同じくして新東京都知事は都議会にメスを入れ、ドンと対峙することになったが
    偶然ではない
    闇を暴く光は芸能界まで及び、その光が
    日本社会を根底から変えることになるはずだ

    たかだか芸能人、たかだかアイドル
    そんな枠組みを超えた唯一のスーパースターであるが
    「たかだか芸能人」であることに実質変わりはない
    しかし彼らがそこらへんの芸能人と違うということは、誰にでも分かるはずだ

    最近、彼らが終わる意味がやっとわかった気がする
    平和ボケしている日本人の関心を
    これだけ集められる出来事は果たしてあとどれだけあるか
    ゆとり世代を生んだ平成ももうじき終わる
    テレビ局トップの人間が公の場で、我々は世論を支配する人間だ、世論を創る人間だと息巻いた平成も終わる
    2016年12月23日 17:29
  • 春うらら

    (つづき3)


    2015年、年末、誰もが知るアイドルグループが壊れてしまった
    それを多くの国民が知るのは年が明けてすぐだった
    スポーツ新聞が一週間通して一面にし続ける関心度の高さ、生放送のテレビ番組で視聴率40%近くを集め、憶測はネットで今尚充満している
    芸能ゴシップによって、テレビを見ない、芸能人を知らない興味がない、そんな人たちの関心を奪うことができるのは、
    言うなれば「機会」は、
    おそらくこれが最初で最後だったはずである
    「神のシナリオ」という言葉があるが
    針の穴まで通す、そんな存在を感じざるをえない

    大多数の国民に愛されるアイドルでありながら一部熱狂的なファンもいる
    そんな状況がずっと続いてきた
    メディアはしきりに報道するが
    ファンの多くはそれを真に受けることはなかった
    そして多くのファンは週刊誌を見るより、ネット記事を見る機会が増えた
    そんな中で
    「メディアは信用できない」と思った
    2016年12月23日 17:29
  • 春うらら

    (つづき2)


    神のシナリオという言葉がある
    某人気番組で、政治を討論している際
    神話について話が及んだとき、それを評論家、知識人が語っているとき思った
    政治を扱うこのブログのコメント欄で、日月神示や神のシナリオ、スピリチュアルな感性が存在し、共有し合えることは、奇跡的なことなのかもしれないとそう思った
    類は友を呼ぶ、波長の法則、この国を想う人で、ある次元に存在する人たちはこのブログに惹かれ、集まるのかもしれない

    2016年に始まる全世界に響く大変革は2017年さらに加速しおそらく2018年まで続くだろう
    干支でいうと、申、酉、戌
    桃太郎が鬼ヶ島に連れて行ったおともたちである
    鬼退治は世界の雛形である日の本の国に起こり世界へと波及していく
    こんなスピ系の話をここでできるのもとても有難いことだ(笑)
    2016年12月23日 17:27
  • 春うらら

    (つづき)

    世界がこれだけ変化する中、旧態依然とするまるで異空間があるのは、日本が平和すぎて、日本人が平和ボケしているからだ
    それにも関わらず尖閣の現状はぼやかしているくせにアベノミクス叩き、日本の格差拡大などは過剰に報道する

    日本のメディアはおかしい
    多くの日本人がそう気づき始めたのは、悪夢の3年間、民主党政権によるものだが
    政治に興味を持たない、大多数の人間にまで波及させるには、このパンチも大して効かなかったみたいだ
    東日本大震災では、自分は無関係だとばかりに1年も経たぬうちに
    忘れ始めている人たちもいた
    2016年12月23日 17:26
  • 春うらら

    大和心様、いつも更新楽しみにしています
    今回、初めてコメント投稿させていただきたく思います

    テレビの報道で、同じような事件を起こして過激に報道される芸能人がいる一方で
    全く何事もなく、普通にテレビに出続ける芸能人がいる

    一般人はそれを疑問に持つ程度であったが
    ネットの普及とは別に
    それを加速させた事件が今年起きた

    たかが芸能人と思っている人がいるからなのか芸能事務所のテレビ局の奴隷化は
    知らず知らずのところで一般人にも影響を及ぼしている
    フジテレビデモも、古い話になりつつあります

    2016年12月23日 17:25
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/445180626
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック